前橋市は「生糸のまち前橋発信事業」として、富岡製糸場に先駆けて開設された日本で最初の器械製糸・藩営前橋製糸所の歴史的な意義の検証・顕彰に取り組んでいます。この事業の立ち上げに関わった手島仁さんにお話しを伺いました。
Q: 幕末の前橋藩と川越藩の関係を教えて下さい。
「 寛延2年(1749)に松平大和守家は姫路から前橋に移封になりましたが、利根川の氾濫や大火などで前橋城や城下が壊滅的な被害を受け、明和4年(1767)に川越へ移りました。その後、約100年間前橋は川越藩分領となりました。幕末に上州の生糸が横浜で売れるようになると、前橋の生糸商人たちが多額の寄付をして前橋城を再築し、藩主も幕府に前橋への転封を願い帰城が叶いました。従って藩営前橋製糸所に関わった深澤雄象、速水堅曹らもみな、川越生まれ川越育ちです。地理的な距離はありますが、藩主や家臣にとっては、前橋と川越は一体という意識で、前橋へ戻ることは 『帰城』 でした。」
Q: 前橋藩営器械製糸所について教えて下さい。
「日本で初めての西洋式器械製糸所でした。官営富岡製糸場の2年前に開設され、そのモデルになりました。残念なことに建物の遺構や資料も少ないため永らく忘れられた存在でした。設立の中心は前橋藩の大目付・重臣だった深澤雄象、責任者は部下の速水堅曹です。スイス人の技術者ミューラーを招き、速水自ら士族の娘とともに器械製糸の技術を身に着けました。その中には速水の姉・西塚梅と深澤の娘・孝が(当時10歳)いました。深澤孝は万延元年(1860)生まれで昭和29年(1954)に亡くなりますが、昭和9年ごろに回顧録を残しています。速水や孝らが残した記録をもとに当時の様子を調査しているところです。」
Q:前橋藩の政策で始めたということは、スムーズにすすんだのですか?
「藩の中でも反対があったり、資金難もあったり大変だったようです。開設のきっかけはスイスの領事シーベルの提案でした。日本の座繰り糸の品質が悪くなったので、外国人を雇い西洋式の器械を導入して均質の糸を大量に生産することをシーベルに勧められたのです。良質な糸を輸出すれば上州だけでなく、国のためになるのだからと。」
Q:反対勢力の説得は?
「藩の内部の反対に対して、深澤雄象は、『シーベルなどという外国人ですら、これほどに上州糸、否、日本糸の将来のことをおもんばかって国益を計れと言っているのに、我々日本人が少々の困難ぐらいに辟易していてどうするのだ』 と説得したそうです。この精神で深澤と速水は数々の困難を乗り越えていくのです。外国人=異人が教えていると知ると、生血を吸われるとか、肉ばかり喰いたがっているからうっかりすると命をとられるとか噂をされ、工女も集まりません。これは富岡製糸場開場の際に言われた有名な話とされていますが、その2年前に前橋であった話でした。
また、生糸の品質を保つための生糸検査や商標の作成を強制すると、今度は商人たちが妨害をしました。速水は夜道で刺客に何度か襲われました。製糸所の製品も、はじめは坐繰製糸の濫造品と十把一絡げに買われてしまうので、反対者は手を叩いて嘲笑しました。財政はひっ迫し、深澤のところにやって来た速水が男泣きに泣いたことを、当時10歳であった孝が覚えていて、回顧録に出てきます。」
Q: 各地から伝習生が来たそうですが。どのあたりから来たのでしょう?
「周囲の無理解、妨害に苦しむ中、明るい展望が開けます。遠隔地から、深澤や速水のように士族授産事業や地域の将来を蚕糸業に求めた人たちが、伝習に来たのです。上田、宇都宮、熊本、酒田、二本松、福井、大分、小倉、津山などからです。そしてここで身に着けた技術を故郷で活かして製糸所を開設していくのです。それは各地の身の丈にあった規模の製糸所でした。
その後、廃藩置県となり前橋藩は消滅します。深澤と速水が開設した藩営製糸所は、政商の小野組に委譲されます。
深澤と速水、速水の兄の桑島新平は明治8年(1875)に蚕種、養蚕、製糸を一体にした研業社(関根製糸所)を開設します。深澤雄象の娘、深澤孝はその後、大分県から伝習に来た大慈弥利重と結婚し、生涯を製糸と共に歩むことになります。」
この研業社には、埼玉県人、狭山下広瀬の清水宗徳も妻と数人の女性を4ヶ月ほど伝習させます。そして、明治9年に埼玉県で初めての器械製糸所「暢業社」を始めます。埼玉県川島町(旧前橋藩領)からもここで技術を学び、製糸所を始めた人たちがいました。
Q前橋藩営製糸所の歴史的評価はどうお考えですか?
藩営前橋製糸所に関わった人々の、国益と地域社会の未来を切り開こうとする志が、遠隔地の同志と結ばれ、日本の蚕糸業は近代国家日本を支える主産業となりました。世界遺産「富岡製糸場と絹産業群」にも日本遺産「かかあ天下―ぐんまの絹物語」にも前橋は入っていません。しかし、建物は残っていなくても、明治という時代を蚕糸業で牽引した前橋の先人たちの足跡を、多くの人に知ってもらい、人口減少社会・地方消滅の可能性が指摘されている時代の地方創生には、明治国家を創り上げた志と絆を復活させ、それを糧にしなければならないと思います。
もっと詳しく知りたい方には 前橋学ブックレット
1990年に設立されたNPOです。代表は前橋工科大学の学長の星和彦です。ここ数十年、目先の新しさや合理性の追求、再開発などの影響で、多くの歴史的建造物が取り壊されてきました。先人が磨いてきた技術や百年以上の風雪に耐えてきた優れた建物が多々ありました。私達はそれらの建物の価値や、活用などをその地域の市民と一緒に考えていく活動を行っています。主に群馬県内の市町村の歴史的建造物の調査や行政への提言などを行ってきました。群馬という地域柄、養蚕農家、織物工場、レンガ倉庫などの調査が多いですね。建物の保存や再生にもかかわってきました。
そのような活動の中で、ヨコハマヘリテイジと連携し、シルクロードネットワークを設立、全国のシルクゆかりの土地をつなぐ事業を10年程前から始めています。「地域間交流からはじまる地域つくり」として、毎年フォーラムを企画し、今までに、横浜、上田、岡谷、城端、鶴岡、新庄、福島、飯能、本庄、小川町、秩父などで開催しています。来年は初めて関西に行き、神戸で開催します。横浜が関東大震災でダメージを受けた後、神戸港は生糸の輸出が盛んになりました。
私が子供の頃の前橋は多くの製糸場がありました。私の妻の実家も撚糸工場でした。製糸業を伝える建物は少なくなりましたが、赤レンガ倉庫や明治に生糸マネーで迎賓館として建てられた臨江閣(重要文化財)を軸に、市民の視点で「生糸のまち」として発信していければと思います。
川越とは松平大和守つながりがありますね。10年前まで、前橋市内には麻屋という百貨店がありました。幕末、川越から殿様と一緒に移ってきた呉服商が明治時代に始めた由緒ある百貨店でしたが、残念なことに取り壊されてしまいました。今後も川越、横浜との3都市の絹のつながりが楽しみです。
Macさんとの出会いは、川越のきものイベント。
洋服は年間3日しか着ないという潔さとその自由なきもの姿に魅了され、埼玉県文化振興課主催の「埼玉きものサミット2019」に特別ゲストとしてお招きしました。シーラさんとMac さんの出会いもこのサミットでした。
このお二人の自由な発想は、きものと洋服のカテゴリ―を越えた新しい普段着の可能性を開いていく予感がします。 前橋の敷島公園の近くにあるMacさんのお気に入りのお店、雑貨店アリスブランシェでお会いしました。
◆きものフリースタイル
Macさんは50代で仕事をリタイヤしてから、3年間日本一周旅行を続けたそうです。今のきものスタイルに目覚めたきっかけは、その旅の途中にMacさんに興味を持ってくれた人がきものを着ていたからだと言います。
「旅から戻り、家にあった青いきものを初めて着たみたのです。シャツ、スカーフ、皮ベルト、皮ブーツというコーデで。鏡に映った姿がこれまでのきもののイメージとは全然違うのがかえって良かったのかも。これいいじゃん!って直感ですね。洋服はタンス事ほとんど捨ててしまいました。それからは365日着物生活です。着物着付け師範の方からは『あなたステキよ、着崩して上手な人にはじめて出会いました』。と声をかkられることも。まだ、『着物警察』には出会ったことはありません。(笑)
*着物警察・・・街中で着物姿の人を呼び止めてきものの着方を勝手に直したり、指導したがる年輩の女性。
◆前橋できものフリースタイルを広めたい
スチームパンクの造形作家として、New York ISE Cultural Foundation(ニューヨーク現代アート展覧会)や英国英国王立美術家協会にも作品が展示されたことがあるMacさん。前橋にその作品を展示販売しているアリス・ブランシェには、Macさんの自由なきもの姿に憧れた若者たちが集っています。きものが普段着だった時代は、いまよりもっと自由に着ていたはず。明治時代の書生はシャツに袴姿で洋服との折衷も当たり前でした。前橋の先人がシルクマネーで作った臨江閣で、定期的にきものイベントを開催しているというMacさんたち。生糸が作ったまち・前橋からきものフリースタイルの発信が期待されます。*スチームパンクとは、イギリスのヴィクトリア朝時代の雰囲気に影響を受けたSFやファンタジーの要素を取り入れたデザインやアート。
Mac Nakata | 持ち歩けるアート https://macnakata.com/
アリスブランシュ https://tsukamoto04.wixsite.com/alice
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